いまでもときどき思い出すことがある。

もっと介入していれば良かったのかー。

そのときの危うい可能性を指摘した方が良かったのかー。

一気に全快の道を駆け上がり、

ノリノリになって無敵状態

世界がぜーんぶオールオッケーな

心境になってしまうことがいる。

まるで、アッパー系のドラッグを服用したみたいに

一時的にアゲアゲな妄想に駆られることがある。

でもでも、まだまだ根っこは、変わっていないー


そんなに一気に世界の見方は変わらない。

まだ反応する現実があったり

なぞってしまうパターンがあったり


囚われているものがある。

思いばかりが優先して、それを支える筋力が
まだ十分に育ってないから、

走り出してもすぐ失速する、転ぶ、痛みが伴う。

思い込みで現実を都合良く解釈して

それにそぐわない事実や自分自身に酷く挫折する。

結局なにをやっても変わらないんだ

わたしなんて報われないんだ

と、元の木阿弥状態に…

変わることを性急に求めるからそうなる

変わらなくちゃ意味がないと思うのは

成果を上げなくちゃ意味がないと思う

世の中にある成果主義に毒されているのかもしれないですよ。

結果がすべてではない。

変わらくちゃ意味がないわけじゃない。

成果がないと無駄というわけじゃない。

むしろ、変わることを求めないときに

結果が気にならなくなるときに

ほんとうに自分は変わっている。キラリ2キラリ2

変わらなくたっていいんです。

変わらくちゃならないというのは、一つの信仰です。

どうして自分を認められない?

なぜ他の誰かになろうとする?

なぜいまの自分を否定する?

どうして誰かの基準をあてはめてしまう?

変わらなくっていいから。

だから、ポジティブにならなくてもいいから

自分がなにをしたいのか

なにがしあわせなのか

なにが満たされるのか

 

それをまず、自分に問うていこう。