アインシュタインの娘に宛てた最後の手紙は東洋の叡智だ

2019.12.13
ある人は猫をこよなく愛している。
ある人は、自分自身をこよなく愛しているナルシストだ。
ある人は食欲や性欲をこよなく愛している。
ある人は、お金を愛している。
ある人は、評価を愛している。
ある人は、夢を愛している。


。。。愛している、その対象は、どれでもいい。
愛があれば、それだけで大丈夫だ。
愛がなくなれば、この世界から消えざるを得ない。


その愛が、真実であるかないかもどうでもいい。
愛がなくなれば、この世からただ消える。


この愛が偽物でもいい。
偽物を愛する、愛がある。


それだけでも、人は生きることができるのだ。

なぜだろうか
意識なくして生きられない。
同様に愛なしで生きられない


愛そのものが、意識であるからだ。

愛は引き寄せる力であり、
意識も引き寄せる力だ。
その違いは、
意識が愛になるか
愛が、意識になるかの違いぐらいなのだろう。


では、ここで
量子だ
現在、量子力学の大家はグラビトン量子にはまっている。
重力子だ。


この謎が、解ける頃、世界は一変するだろう。
全てが許される可能性がある。
犯罪者も詐欺師も、支配者も全てこの世に
あるものは愛から創造されているからだ。


この世界に彩りを創るものは、何を愛するかであるが、
その原動力は愛であり、意識だ。

憎しみのエネルギーなどはないことになる。

だから、正邪を含めて創造するのに
愛そのものの力を必要としている。


引き寄せる力を引力というが、
ここでは、引力そのものが愛だ。
つまり、この世界を形あるものにしているのは
引力であり愛の意識ということになる。
もし、引力がなければ、反発力もなくなる。
そうなると、この世界は創造も破壊もなくなる。
全てが消えることになる。


だから人は、何を愛しても
全て正しいのだ。


憎しみを愛したとして、
単にその人は憎しみを引き寄せる。
その結果に憎しみそのものを体験の中で知るのだから
ある意味、辛いが学びになる


初めから無償の愛を愛することを諭されると、
その人が無償を体験するだけで、妙なことになる。


だが、この学びによって、無償の愛にその人の愛が
近ずいたとすると、話は別だ。


意識する対象がなく、観察しているのが愛だけになるなら
これは、大きな可能性を開くことになる。


意識が何もない空を観察すると
意識が元の意識に戻ってゆく意識の法だ。
そのことによって、意識の爆発が起こると
東洋の賢者たちが口を揃えて力説している光明と言われる
意識の爆発に至る。


同じようなことを、
アインシュタインが娘に送った手紙のなかで述べている。
愛の爆弾のことを
それは、おそらく意識の爆発と同意語だろう。


アインシュタインの娘に宛てた最後の手紙
https://www.youtube.com/watch?v=hDQT2Ue0VZU



2019.12.13 17:48 | 固定リンク | 思いついた事

養女のように見送った乙女が

2019.12.12
あるカップルが結婚の夢を馳せて、ごはん茶碗を物色している。
二人の熱々気分が、その観察に夢が乗る。


その時の、微塵も疑いのない想いが、その茶碗を芸術品に変える。
量子だ
愛という途方もない意識が。。。
そこに神が乗り移る。
10年、いや永遠という長い年月を超え、その芸術品は、その疑いようのない愛を保時する。


斯くして、人は芸術家だ。
その茶碗を創った、芸術家の芸術を超え芸術の上書きだ。


だから、芸術家は人を観る。
愛する子供を養女に出すように、その人に夢を託している。


量子場調整は、技術であるが、芸術なのだ。
その夢を、託している。
その上書きが素晴らしくできるように、
その芸術の精度を上げようとしている。


なんのために
最高の芸術になるためって言ってるだろ。
2019.12.12 06:27 | 固定リンク | 思いついた事

人間生きている以上無理だ

2019.12.12

誰しもの人生は芸術だ。
負け犬のように生きるのも、勝者で生きるのも
同じ芸術だ。


誰しも創造しているのだから。

しかし芸術は作業ではない
芸術は、意識の味がする。


病気であろうと、失敗者であろうと
死であろうと、例外ではない。


そこに意識の味がある。

誰しも物を見ているだけではない。

もし物をだけを見ているのなら
芸術にはならない。


意識が絡む全てが
芸術と言える。


作業は
意識が関わらない仕事と
定義してもいいかもしれない。


AI搭載の創造するロボットであろうと、
量子コンピュータであろうと
勝手に考えるコンピューターであろうと
意識が関わらない限り芸術にはならない。


そんな状況に近ずく現代の社会。
完全依存に駆り立てられる中で
意識が排除される。


だが、人間生きている以上無理だ。
。。。人はみんな芸術家なのだから。
2019.12.12 06:13 | 固定リンク | 思いついた事

面白いとは思わないか。

2019.12.11

ある人は、新品の車でご機嫌だ。
ある人は、故障した車で立ち往生している。
ある人は、押し寄せる津波に車ごと流され、水圧で出られない


ある人は、ピカピカの健康体でご機嫌だ。
ある人は、持病に苛まれた身体を呪っている。
ある人は、ガンが侵食して身体から出られない


車と身体に共通点がある。
乗り物だ


いつか、乗り換える必要が出てくる乗り物なのだろう。

ここで
私たちの私自身である意識は身体の中にいる。


いつかやってくる病気や老化の波が押し寄せたとき、
それらと心中する運命だ。


そんな状況がやってくる。

だから禅や密教系の修行では、
生きているうちに身体の外に出ることを考える。
強迫観念のごとく多くの修行はそのためでもある。


ここで、量子場調整では何を考えているのだろうか。

それはこのようなことだ。
生まれてくる前は、魂らしいものの形で身体の外にいた。
この世に生まれると、身体の限定した中に入るが
しばらくはそのことにも気がつかず、外にもいた。
だが、徐々に外に出られなくなった。


なぜ?

身体や思考、感情まで自分自身だと思い込んでいる。
それらを思い込みだとしても手放すわけにはいかない。
生きているのだから。


では、もう一度その思い込みを少しずつ
ブレなくしてクリアーにしてみよう。
その延長の中で、思い込みのベールを
超えるかもしれない。
それが、個性を際立たせることになるか
輝かしい自分に出会うことになるかわからないが


もしかしたら
神がいるとして
神さえも羨むことになるかも。。。。
美しい高性能の身体と神の両面を持つのだから


彼らは、
全知全能で輝く存在ではあるが、生身で生きてはいない。


。。。別に神を羨ませるために
生きるつもりはないが面白いとは思わないか。
2019.12.11 09:40 | 固定リンク | 思いついた事

来るといいよ

2019.12.09
量子場調整の技術は次元構造のピラミッド
それを二重のオーラが包んでいる。


その新鋭機が、12年前から変わっていなかったが
最近突如として進化した。
ピラミッドが二重構造、つまり逆ピラミッドが
整然と融合したのだ。


この事で、こんなことが出来るようになった。

疲労や多くの症状を抱えながら
ヨラヨタしている身体を卵を立てるように
すっきりとブレなく立てるのが今までの施術


それが
家に帰って再びヨタヨタ倒れそうになっても
もう一方のピラミッドがその人の意思によって
ブレを修正して立ち上がる。


卵の中にいるひよこが、
自分の意思で卵自身を立てるようなことなのだから
ひよこもびっくりだ。


クライアントさんは一度この施術を受け
その後、意思を使う練習を始める。


その能力が家に帰っても失われないので
新しいゲーム機を手に入れたのと同じだ


プレーステーションのように、目に見えるものではないから
初めは戸惑うかもしれないが
自分の隠れた能力「意識」を露わにするだろう。


それは、生まれた時から「居た」ことに気がつく。

まさに私たちは背後に、神とも言える「意識」を背負っている。
その認識が、ゲームの始まりだ。
自分自身の個性を顕現するゲームだ。


自分自身から見て、世界が勝手に変わる
もし、自分にブレが少しでもなくなると
世の中がクリアーに見える。


その程度で、十分すぎるほど十分なことだ。

世の中が、あらゆるどさくさに溢れている場合、
自分の心も身体もどさくさの中にあるのは、
地獄かもしれない。
しかし、
その場合でも、自分の心も身体も感情も
クリアーなら、整然とした世界よりも
「超面白い」


そのような変化がここにある。

今の所、この技術を使えるのは
私とかあちゃんだけだから、来るといいよ。
明日からハワイだけどね。。
すぐ帰るから。


あっこの技術の名前を忘れていた
かあちゃんが名ずけた
 量子場ハイパー術さ。。
2019.12.09 16:30 | 固定リンク | 思いついた事

 

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